みん好き
蒼き日々
烏が飛んだ先
私が十五歳を迎える年、彼はCDデビュー五周年を迎えようとしていた。
彼の事務所は、CDを出した年から本格的に活動を始めたとしている。CDを出す前から活躍していても、CDを出すのと出さないとでは扱いも変わってくる風変わりな事務所。CDを出せるのはめでたいこと。周年記念を重ねられるのは、さらにめでたいこと。
五周年を迎える彼は、歌もそうだが、ドラマにCMにラジオにと精力的に活動している。ラジオはレギュラーで、テレビのバラエティーにもドラマの宣伝を兼ねて出ていることもある。もちろん、バラエティーのレギュラーもあった。
彼の仕事の多さに、追いかけるこちらも大変だ。逐一、チェックする物が増えた。それでも、仕事が無いよりはマシである。彼が忙しいのは良いことなのだ。
そんな忙しい彼の一大イベントが昨日発表された。五周年記念のアリーナツアーである。同時に、毎年夏に行われている彼と、彼の親友(と書いて〝せんゆう〟と読むらしい)が所属してるアイドルグループとの合同ライブも決まった。
公式サイトに書かれている彼のメディア出演情報を見ながら、うむうむと唸る。
五周年だけに、色々華々しくイベントが用意されている。中学生の私はまだ彼のライブに行けていないので、現場デビューするならこのタイミングだろう。
でも今年は受験生だし、夏場は受験勉強真っ只中。行ける暇があるかどうかわからない。目玉となっている単独アリーナーツアーと合同ライブの方も当選倍率が凄いことになりそう。そして、忘れてはいけないチケット代とグッズの捻出方法。
父や母に頼むか。お年玉貯金を崩すか。
その前に受験勉強はどう進めるか。
「でも、祝いに行くならこのタイミングしかないと思う……」
ライブに行かないという選択肢は、頭の中にない。
だって一度しかこない五周年。目一杯祝いたいではないか。
◆ ◆ ◆
会場入りして、自分の席に腰を落ち着けてからほっと息を吐き出した。
初めてのライブに、高校受験を控えた中学生が一人で来るのは血迷った行為だったかなと思ったけれど、周囲を見渡せば一人で来ていそうな同志がちらほらと視界に入る。そこそこに大きな事務所のライブなので、友人やファン仲間で来る人が多いのかと思ったがそうでもないようだ。
ざわざわとしたお喋りの波が広がる会場で、ある人はパンフレットを読み、ある人は買ったばかりのグッズを眺めたり、荷物の整理をしている。私も鞄の中からペンライトを取り出して、点灯するかどうか確認した。時おり、鞄の中で勝手にスイッチが入って、使う頃には電池が無くなっているという事もあるようだ。
かちっとスイッチを入れて灯された色は、海の底を思わせる深い青の色。かちかちとボタンを押していくと、白、赤、薄い青、紫、橙と変化していく。再び深い色の青に戻してから消灯させ、再び息を吐いた。電池は大丈夫なようだ。あとは、始まるのを待つのみ。
会場はまだ明るく、ステージの様子がよく見える。大きなメインステージは豪華な装飾で彩られ、モニターも用意されている。メインステージから通路が三本伸びて、その先にもステージがあった。ステージの外周のは大きな通路があり、そこはトロッコが通るのだろうと予測できる。今からこのステージに推しが立つのかと思うと、わくわくとした思いと、もっとステージに近い位置に座りたかったなという気持ちがせめぎあった。残念ながら、今日の席はステージよりも天井に近い場所だった。全体を見渡すにはちょうど良いかもしれない。
空っぽだった椅子の群れを、ライブ用に着飾った仲間たちが埋めていく。
ほどなくして、会場の照明が消灯し、メインステージのモニターにOP映像が流れ出す。ライブのテーマに合わせて作られた、MV仕立てのOP。初めに映ったのは共に出るアイドルグループ。その後に、私が推しているあの人。
客席の仲間たちは、映像が始まると同時に立ち上がり、ペンライトを点灯させていた。赤、薄い青、濃い青、白と様々な色が明滅する。私も、濃い青を点けて、今か今かとそわそわしながらステージを見つめた。
映像が終わり、メインステージへ照明が向けられる。照らされているのは華やかな衣装を身につけた二人の男。合同ライブの主役の片方、彼の友人が居るグループ。燃えるような真っ赤な色。会場を揺らす歓声が二人を迎える。一拍おいて、激しいギターの音が鼓膜を震わし、前奏を経て二人の歌唱と舞踊が始まった。特効は炎と火花の会わせ技。天井近くでも炎の熱が伝わって来る。
OPを飾った曲は、ファンではない私でもわかる最近出したシングル曲。赤と薄い青のライトが踊る中で、濃い青と白も揺れる。
炎の歌はあっという間に過ぎ去り、次はもちろんもう一人の主役である──彼だ。
炎の熱をかき消すように、メインステージの前方からと三本の通路の先にある中央のステージから水が噴き出す。
照明の色は赤から濃い青と白へ切り替わり、苛烈な空気が冷涼とした空気に包み込まれていく。
波を描くように水が噴き出すメインステージ。中央ステージは噴水に隠され中の様子は見えないが、黒い影が現れたのを私は見逃さなかった。再び、歓声が会場の空気を震えさせる。
大歓声などお構い無しな様子で、緩やかなピアノの音に乗せて、玲瓏な歌声が響く。音源ではない生の歌声に、ぶわりと肌が粟立った。
噴水の幕が開いて、黒い姿が露になり、衣装のフードで顔を隠した姿がモニターにも堂々と映される。
わずかに見える口許がにやりとつり上げられた。
五周年を迎えるアイドルの姿。
目から涙がこぼれ落ちそうになるのを隠すように、ペンライトをぶんぶんと振った。