top of page

samidare
祝福の代償

「おめでとうございまーす」

 気だるげな声とは対照的な、パァンという弾ける音がマンションの玄関先に響く。ぎらぎらとした光を振りまきながら飛び散る銀テープは、一体誰が片付けるのだろう。

「今日は誕生日でもなんでもないけど?」

 腰をかがめる体勢はつらい。気を抜くと「よっこらせ」なんて言いそうになる。のろのろと銀テープを拾う私の後ろを素早く通り過ぎていく幼なじみに恨みがましい視線を送った。

「今日は、あんたが私に愛の告白をしてから一年ちょうどの記念日でーす」

「……あぁ」

 精一杯の抵抗として顔を背ける。

 それはつまり、私が断酒をして一年ちょうどの記念日でもあるわけだ。

 酔った勢いで告白をするなんて年齢でもないのに、あの日はやらかしてしまった。幼い頃からずっと長かった髪をばっさりと切った彼女があまりにもかわいく見えて、理性は概念ごと消失してしまった。積み上げてきたものが壊れてしまうのはいつだって一瞬だ。

「ケーキも買ってきた。この店のナポレオンパイ、好きだよね」

「……紅茶いれる」

「さんきゅー」

 肩下まで伸びた髪の毛が楽しそうに跳ねている。どうして彼女はこの一年、平然としていられたのだろう。受け入れるわけでもなく、拒絶するわけでもなく。今まで通り幼なじみを演じてくれていた。それも拒絶に含まれるのなら、私も彼女に合わせよう、なかったことにしようと決めていたのだけれど――。

「ところでさ」

 お皿の上でパイ生地をぼろぼろと崩している彼女に、先ほどから気になっていたことを尋ねる。

「玄関に置いてある、あれはなんなの」

 我が物顔で鎮座している、海外旅行にでも行くような大容量のスーツケースを指差した。

「荷物。今日からここに住もうと思って」

「はぁ? 突然なに言っ」

 彼女の顔を見て言葉につまる。赤い。なんで。まるでいちごみたいだ。どうして。

 ダージリンを一口だけ飲んで深呼吸をする。落ち着こうと頑張っているのに心臓は早鐘を打つ。頭もぐらぐらと沸騰している。ひどく酔っ払ってしまったときのように。

 私は一年前と同じ過ちを繰り返す。

「なにそれ。かわいい。好き」

 語彙を失った告白。だって、なぜ好きなのかなんて自分でもよくわからないし説明なんてできない。魂がそう叫んでいるからとしか言いようがない。

「ほら、言ってよ。今日は幼なじみから恋人になった記念日でーす、って。クラッカーもうないの?」

「……あんまり調子に乗るな」

 からかった代償として私のナポレオンパイからいちごが消え去ったけれど、また来年も幸せなお祝いができると思えば、些細なことだった。

bottom of page