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通し稽古―Generalprobe―
誕生日プレゼント

「――はいこれ」

 

 手渡された箱を見つめて、兄は目を丸くしていた。何を驚くことがあるのだろうか。だいいちついさっき母親からもプレゼントをもらったばかりだろう。今日は兄の誕生日だ。プレゼントをもらうのに一番不自然ではない日のはずだ。

 

「いらないなら返して」

「いや、いるけど……もらえると思ってなかったから」

「毎年あげてるじゃん、一応」

 

 もらえると思っていなかった――というか、私に恨まれるようなことをしたという自覚はあるらしい。だったらあんなことしなければよかったのに。苛立つのをごまかすために、私はネイルシールが入った箱を取り出した。

 

「……それ、この前『美味しそうな手』って話題になってたやつだな」

「猟奇殺人犯みたいな台詞だね」

 

 百均と某お菓子メーカーがコラボして作ったネイルシールだが、確かに美味しそうに見える。でも爪で寿司を表現したりする人も昔からいるので、美味しそうな爪自体は多分前から存在している。

 

「欲しいの、これ?」

「いや欲しいってわけでは」

「じゃあ何でそんなじっと見てるの?」

「……詩乃がそれをつけてるところが見たいなと思って」

 

 絶対碌なことを考えてない。いっそ買うだけ買ったけれど封印してしまおうか。私は話題を変えるために、兄が手に持ったままの小さな箱を指差した。

 

「そんなことより、その箱開けないの?」

「……あ、ああ」

 

 細い指が包みを開けていく。毎年恒例の誕生日プレゼント。大したものは買っていない。そもそも十八かそこらの子供に買えるものなどたかが知れているだろう。

 

 箱の中に綺麗に仕舞われていたマフラーを取り出して、兄は早速それを首に巻き始めた。嬉しそうな顔が若干腹立たしくはあるが、私は何も言わなかった。

 

「ありがとう、詩乃」

「……なんか最近、マフラーなくしたとか言ってたから」

 

 後ろから回される腕をほどきながら私は言う。誕生日のプレゼントを渡しながらも、結局兄が何を考えているかはわからないままだ。そして私自身も、兄のことが好きなのか嫌いなのかわからなくなっている。

 

 

 どうしてあんなことをしたのかとは聞けないまま、どこにも行けない気持ちだけが募っていく。

 

 

 これがマフラーではなくて、この首を絞めるための縄ならよかったのに。いや、マフラーでも絞めることはできるだろうか。俺はマフラーを首に巻いたままでベッドに横たわった。

 

 誰かに殺されたいと昔から思っていた。けれどただ待っていても誰も殺しには来てくれない。俺にとって幸運だったのは、誰かを殺したいという衝動を隠し持っている人間がすぐそばにいたということだ。ただ、その張本人があんなことをした俺に対してまだ誕生日のプレゼントをくれるような人であるというだけで。

 

 このマフラーで首を絞められるのも、あの美味しそうな爪のときにナイフで刺されて殺されるのも、どれでもいい。いつか訪れるその瞬間を思うだけで、夜が熱を帯び始める。

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